ヒラヒラヒヒル感想。風爛症を介してみる、人と人との交わりを描くドラマ。

お久しぶりです。
なんと個別記事をもう1年ほど書かなくなってしまい、焦っています。
なにより、それだけ期間を空けても大して驚きもやってしまったという感情も芽生えてこないということに一番の焦りを覚えています。
次書くときはげみにずむの感想になるのか、龍が如く7外伝の感想になるのか、はたまた1年やったゲームの記事一覧になってしまうのか。
色々と怖いですね。

さておき、今回書くのはBLACK SHEEP TOWNからまさか時間もさほど空かずに出た瀬戸口廉也氏の新作、『ヒラヒラヒヒル』になります。
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舞台は架空の日本、風爛症という病が様々な人を悩ませる世界

このゲームの舞台は、時代からして大正時代の架空日本のお話だ。 日本だけでなく世界各地で『風爛症』という病が様々な人に罹るというもの。
風爛症は発症すると一度仮死状態を迎えさも死んだかのように見えるが、その後数十時間後に目覚める。
その生き返ったかのような行動を起こすことから、この世界では古い時代には信仰の対象にもなったりしていたが、時代が進むにつれて症状である奇怪な言動、皮膚組織の崩壊などから人々から忌み嫌われるようになり、「ひひる」「クサレ」などと呼ばれるようになっていく。 また、更に時代を経ると風爛症は歴とした病気として認められるーーーのだが、あくまでその認識は医療分野での話であり、民間的にはまだ多くの迷信や誤った治療などが出回っている状態。

また、この病気は治すことができず、一度発症したら患者や患者の家族は一生風爛症と向き合っていかないといけないという面も持ち合わせている。
『ヒラヒラヒヒル』はそんな不治の病に対してどういう気持ちで向き合っていくかを捉えたドラマが主軸のビジュアルノベルとなる。

主人公は、風爛症を専門にした医者と国内随一の高等学校に通う学生

『ヒラヒラヒヒル』では2人のキャラを主観として話が進んでいく。
ひとりは国内一の風爛症病院として名高い駕籠町病院というところに務める千種正光という医師だ。
彼は父を海軍中将に持つほどの華族…つまりは良いとこのお坊ちゃんであるにも関わらず政治や軍人の道を進まずに医者、それも風爛症の医者を目指した変わった医師である。
この世界では風爛症に対しての人々の意識は低く、罹った人は基本的に職業選択の自由がなくなる。というより、罹った人は皆仕事どころではない状態になることがほとんどであり、そういった復帰をするということ自体が人々の思考から抜け落ちる。
そのため、社会構造的に風爛症患者……つまりひひるに対する社会的立場は低くなるし、ひひるで普通に働いている人などいないレベルだ。そんな立場の低い人々に対し積極的に関わっていこうということがこの世界では非常に奇特とされている。
だからこそ千種は変わったキャラとして周りから見られている。また、本人の性格的にも変わっているためそのような目で見られている。

そんな医者が師匠とばかりに師事されていた加鳥という先生から、現地調査という都会から離れた田舎各地でで自宅監護しているひひるを見て調査してこいという仕事を請け負う。 彼がその仕事を通して、今のひひるに対するこの国の認識、そして問題を目の当たりにしてどう変わっていくかを見るのがひとつの面白いポイントだろう。
また、物語を進めていくと彼にとてつもない苦難が待ち受ける。それによって彼がどう変わっていくかも見ものだ。
そしてもうひとり、この物語には主人公がいる。それは一高という場所に通う天間武雄という学生だ。
彼は文武両道で寡黙であり、普段は感情を表に出すようなことはない人である。


そんな天間にも想う人がいる。それは常見明子という女学生で、彼女は天間の下宿先である常見家の一人娘である。
明子は幼少期からとても聡明であり、男子であったならば高校・大学に行ってその秀才ぶりを将来活かせたであろうといわれている人物である。 まだ女性に対しそういった権利が得られない時代ということもあり、そういった設定もあることは注意したい。
そしてその明子が住まうのが常見家である。彼女の父親は常見鎮柳という雅号で知られる著名な小説家である。母は他界しており、家事などは女中の辰さんが務めている。

こんな平和な常見家に住む天間だが、ある日友人の衣川兵太郎に相談を持ち掛けられる。 そこで彼はひひるについて知っていくことになる…

繊細な描写とそれを助ける丁寧な文章

本作では風爛症という架空の病気を作るにあたり、とても細かい設定が散りばめられていたり、主人公・千種が見る患者の状態がとてもリアリティのある描かれ方をしている。
瀬戸口氏の前作『BLACK SHEEP TOWN』でもそうだったが、なぜかこの作者の描写する医療看護の場面はやたら生々しさがあり、解像度の高さに息を吞むことが多い。
本作はさらにそこを押し出されて描かれているため、そこは必見と言えるだろう。
一方で、どうしても設定や物語の進み方の関係上、展開の起伏がそこまであるわけではない。ここはとても肉付けを丁寧に行っている弊害とも言うべきだ。起承転結の転結がやや弱い。
しかし、それを補って余りあるキャラ同士の掛け合いや感情の揺れ方、そして緻密な描かれ方は中々他のビジュアルノベルでは見られない。筆者も心が揺さぶられたシーンは数知れない。

また、風爛症患者とその家族という構図は、いうなれば他の現実にもある病気とその家族という状態にそのまま当てはまることであり、現実でも当てはまるであろう心情を書いているのは興味深い。
人間の良いところも悪いところも存分に出ている題材といえる。筆者は主人公・千種がとある家に赴いたとき、宗教家に騙され適切な医療状況にされていないということがあった。そのシーンはとてもおぞましいものであったし、それでいて生々しさがあって震撼した。
瀬戸口氏はこういうのも描けるのか、と改めて感嘆したシーンである。

このような人間の悪いところも描いていると同時に、人間というのはいいところもとてもあるんだという、ある種の人間賛歌のようなテーマも仕込まれているのだと感じた。
これは『BLACK SHEEP TOWN』でも見られた部分なので、瀬戸口氏の持ち味なのかもしれないと思った次第だ。

主人公たちが歩んだ道をたどるために

こうして、『ヒラヒラヒヒル』はとても丁寧につくられたビジュアルノベルといえる。
本作は『BLACK SHEEP TOWN』のようなエンタメ性こそ乏しいものの、文学小説のような趣のある良さとビジュアルノベルだからこそできるキャラの演技など、
読んでいてとても惚れ惚れする作品だ。
間違いなく今年お勧めできるビジュアルノベルのひとつといえるだろう。